理事長室

第ニ弾(人はなぜ働くのか)             縄文文化への回帰

  • 2020.5.25
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 まだコロナが流行する前ですが、青森県に行く機会があったので、青森市郊外の三内丸山古墳に足を延ばしました。この地で大規模な居住跡が見つかり、特定の居住を持たず、住処を転々と変えていたという縄文時代の常識がひっくり返りました。狩猟採取で得られる食べ物はわずかで、広範囲を移動しないと生活していけないだろうという勝手な思い込みが、縄文時代は貧しく、飢えと隣り合わせの生活をしていたという固定観念につながっていたのでしょう。
 縄文時代前期は氷河が解けて、海面は上昇、青森市街地は海の底です。ご当地ソングの津軽海峡冬景色とは無縁な温暖な気候が続いたようです。食料の確保は容易であり、春夏秋冬、時々に山や海の恵みは豊かで旬なグルメが味わえる天国みたいな環境です。骨や石を加工して、矢じりや釣り針は自前で作り、狩猟技術も高度化していました。また、保存可能などんぐりを粉にして調理する技を持っています。栗については、密集して植林された形跡が濃厚で、植林して栽培していたのではないかという説まで出てきました。
 針も見つかっています。皮をなめして、糸でつなぎ合わせる技術もありました。アクセサリーも多数出土しており、実は縄文女性はおしゃれだったようです。土偶という焼き物が見つかっています。女性像ですが、安産祈願のために作られたとのことです。

(三内丸山古墳復元した建物)

 黒曜石という石があります。身近い存在では碁石の黒石が黒曜石からできています。ガラス質で、割るとナイフのように鋭い断面になります。ナイフ替わりに使っていたようで、石器時代の生活にとっては実に貴重な石でした。ここで出土する黒曜石の産地が、北海道から長野県まで広域にまたがっていることが判ってきました。つまりは当時から広域的な交易ネットワークが存在していたのです。
 そして一番驚いたのは進んだ建設技術です。復元された巨木の建築物を見ると、写真の巨木を柱にしていています。石斧だけでどうやって切り倒したのか。建物の用途は何なのか。どれくらいの期間で完成させたのか。気の遠くなる作業を黙々とやり続けた思いは何なのか。いまだに謎だらけです。間違いないことは高度なコミュニケーション社会を長期間維持したことでしょう。自由で、文化的な人間らしいライフスタイル、差別のないコミュニティー、笑顔の縄文人が頭に浮かび、どんどんイメージが変わってきます。縄文人はひょっとすると現代人よりも幸せだったのかもしれません。
 弥生人が発見した稲作は効果的に安定した収穫を見込むことができます。しかし、取り入れまでの工程の一部でも失敗すれば、収穫は望めません。日照り、台風と気が休まることがありません。ため池を作ろう。堤防を作ろう。気が付けば仕事が次から次に生まれています。これに比べて縄文人の労働時間は圧倒的に少なかったと想像できます。縄文人は朝起きて、その日の天気で何をするか決めるおおらかさです。すべては天の意志、人は自然と共存する存在なのです。
 将来、AI技術は頭脳労働を奪い大量の失業者を生むのではないか。と言われています。AIで将来無くなる職業のリストのランキングまで出始めました。「俺は大丈夫かな。なんとか逃げ切れるかな。」サラリーマンの多くはそんな雰囲気の中にいます。これまで革新的な技術開発の度に戸惑いを覚えてきました。産業用ロボットが導入された時には工員がいなくなると言われましたが、実際は3K作業を代替して、人間はより中核的な作業を担うことで共存しました。ただ、今回は少し様相が違います。ホワイトカラーと言われる人たちを中心に「お前はいらない」と言われる恐怖があります。弥生のDNAを引き継ぎ、より良い生活を求め、勤勉貯蓄が善としてきた現代人にとっては不安でしょうがないのです。一方、縄文人なら平気です。働かなくていいなら、むしろラッキー。多様性の中で、やることはいくらでもあるのです。
 結局、AIで仕事はなくならないと思います。仕事内容が大きく変わるだけです。例えば、空いた時間が増え、親が子供と遊ぶ時間が増えれば、遊び方のバリエーションが増えます。喜びやうれしさという感性の部分はAIの代替が効きづらく、そうした分野で新しい仕事を生み出していくでしょう。ただ、落とし穴もあると思います。現代人は仕事をするという行為によって、人生を豊かにし、社会規範を保っています。AIは社会システムの構築しようによっては、怠惰な人々が刹那的に生きることも可能にするでしょう。自律心を失った国家や文明はやがて滅びます。仕事だけでなく、遊びの質を高めることが大切だと思います。先日のラクビーワールドカップはそのいい例でしょう。心や体を鍛えるような遊び、様々なスポーツ、文化は教育のレベルに留めず、できるだけプロ化してレベルを上げ、切磋琢磨の環境の中で育てていく方がいいと思います。一方、儲かるからと言ってIRのような博打を国が奨励するのはやめた方がいいでしょう。
 先日、インディオにこのような言葉があると教えてもらいました。「人が泣きながら生まれる時、周りの人は笑っている。人が笑いながら死ぬ時、周りの人は泣いている。」インディオの生活スタイルは縄文人と同じです。自然の中に暮らし、その恵みを糧に生きています。生まれてきたとき泣くことしかできなかった赤ん坊は遊びながら学び、若者となり、やがて親となり、最後は慕われ惜しまれて死んでいきます。怠惰では生きていけません。知恵が、勇気が、仲間をまとめるやさしさが必要です。そうした徳も持ったものがリーダーに担がれます。子供たちは輝いている先輩に憧れ、その伝統が世代間に引き継いでいきます。このようにして縄文時代は5千年以上続きました。コロナで不安になっている現代人は少し縄文文化へ回帰してはどうでしょうか。