理事長室

熊本地震から5年

  • 2021.4.12
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 熊本地震から5年が経ちました。ずいぶん、昔のことのように感じますが、あっという間のようにも思えます。大部分の方は震災当時の危機状態から抜け出したと思いますが、新たにコロナ禍で新たな危機に直面しており、改めて当時を思い起こすような余裕はないようです。久しぶりに古巣の熊本県庁を訪ねましたが、コロナ禍で、想定していないような様々な課題が次から次へと降りかかって、職員も疲弊しているように感じました。震災当時の県庁も対応に忙殺されていましたが、精神的には今の方が厳しいかもしれません。
 地震対応に追われる当時、蒲島知事が、震災対応は大変だが、三つだけ「いい事」があったと言い出したことを思い出しました。一つは全国各地、海外からも沢山の激励や義援金をいただいたこと。二つ目は水やガスのない生活を送る中で、日常生活を営める有難さを気づくことができたこと。三つ目は県民が同じ体験をしたことで共感の感情が芽生え、地域に絆のような一体感が生まれたことでした。
 今と比較してみましょう。一つ目は日本と言わず世界中がコロナ禍にあり、これを期待するのは無理でしょう。二つ目は震災の時がひどかったと思います。電気、水などの基本的なインフラが破損し、長期間不自由な生活を強いられました。今は基本的な衣食住は確保されています。ただ、震災が、無くなったものを取り戻す行程と違い、ずっと我慢を強いられるイライラが高じて、とても有難さを感じる心境にはありません。三つ目は、一体感ではなく、分断の方が目立っています。こんな世の中にしたのはコロナウィルスであって誰に責任があるわけではありません。しかし、国の対応が悪い。自粛を守らない輩がいる。テレビでは盛んに犯人捜しをしています。
 先日、厚労省の役人が歓送迎会をやり、バッシングされました。なんともチグハグなコロナ対策の象徴のような役所です。「人にやるなと言っておいて、これはなんだ。」という庶民感情は良くわかります。ただ、処分や報道のされ方は少し異常なものを感じています。もとはと言えば、お別れに仲間で酒を飲んでいた話で、犯罪を犯したわけではありません。
 ウィルスに罹患しない防御システムに免疫細胞がありますが、過剰に反応して自身の細胞を攻撃してしまうことがあります。花粉症など過敏症といわれる病気はこのパターンと言われていますが、コロナ禍の中で自粛警察が大量発生して日本中が過敏症、自閉症に落ち入ってしまったように感じます。
 5年という節目に、我々はどのようにあの危機を乗り越えたかを思い出してはどうでしょうか。些細なことですが出来ることを助け合っていました。緊急車両に道を譲りました。おすそ分けをし合いました。車で寝泊まりしながら、会社に通う人もいました。工場を復旧するために経営者と従業員は一緒に頑張りました。今も、医療現場で頑張ってくれている人々がいます。感謝以外の言葉はありません。無理なことは出来ません。出来ることをすればいいのです。
 震災時は3つくらいしか「いい事」を思いつきませんでしたが、今はもっとたくさんありそうです。在宅勤務は自由時間を増やし、通勤地獄を解消しました。子供と遊ぶ時間も増えました。無駄な会合や会議が減りました。企業の交際費が激減です。虚礼廃止で冠婚葬祭もめっきり少なくなりました。地球温暖化の原因と言われる二酸化炭素の排出量も減ったそうです。良くなることを考えれば、気持ちが前に向きます。
 世界中の人々が「いつ罹患するか判らない」共有の危機に中に身を置き、「コロナに罹りたくない。家族を失いたくない。という同じ思いを持ちました。この短時間でワクチンが開発され、やっと長いトンネルの先に光が見えてきましたが、どこかにコロナの火種が残っている限り、再び燃え上がる可能性があり、世界中でのコロナ克服が必要です。そして、この実現はコロナを乗り越えた新しい絆として、人類の歴史のページに刻むことになります。分断から連帯へ、大きく潮流を引き戻すチャンスです。