理事長室

最終回です

  • 2021.4.26
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 突然で恐縮ですが、5月末で財団を退団することになり、この投稿も終了いたします。1年間、拙い文章をお読みいただいた方には、心より感謝申し上げます。
 懇親会などで県外のお客さんのお相手する際、よく郷土の話を題材にしていましたし、書く作業自体はそれほど嫌いでもなかったのですが、後半は手持ちネタが尽きて、困りました。何とか1年間もった感じです。
 もともと投稿の契機は、コロナ禍で夜の行事が全くなくなってしまい、暇になったことが始まりでした。私には何か危機があると、「折角、悪いことが起こったのだから、良い事に転嫁しよう」と無理やりでも企画してしまう癖があります。今回が良い結果になったかは定かではありませんが、再度調べて思い込んでいたことが間違いに気づいたり、自分自身がこんなことを考えていたのか、再認識できたことは収穫でした。
 財団のホームぺージですので、読者の対象を、中小企業の経営者と見立てております。僭越ながら、今、大変な思いをされているコロナ禍の経営について、これまでに投稿した内容を踏まえて3つほど指摘させていただいて閉じたいと思います。
 まず、コロナ禍にあっては、「会社をつぶさないこと」を再優先に考えることです。
 歴史のことを多く書かせてもらいました。本当は、信長、秀吉などの独創的で陽性な人物が本当は好きなんですが、今回は社会の根幹を作ったような頼朝、家康のような人を中心に題材に選んでみました。自分から望んだわけでもなく跡継ぎの立場に生まれ、苦労に苦労を重ねて大成した人です。はじめから天下取りを目標にしていたわけではありません。むしろ自分の命さえ危ない立場にあり、危機に際してはむしろ臆病な策を採用しています。そして、これまでの経緯や面子も一旦、棚上げして、今の情勢に最適な対応にやり替える辛抱をしています。そうしていると環境が変わってきます。嵐はずっと続くことありません。
 二点目は、苦しくても「人だけは切らないこと」です。いまこそ、従業員との絆を深め、求心力を強める最良の時です。一度切った人間は元に戻りません。コロナ禍は一過性です。これから、ますます人材は貴重になります。
 頼朝は本来の家臣はいませんでしたが、関東の御家人の価値観を守ることで支持を得ました。家康は鉄壁の家臣団を育て上げましたが、初めからそうではありませんでした。秀吉のように気前よく褒美を与えません。むしろケチな方です。しかし家臣の努力には目配せし、譜代家臣と新規採用組のバランスを取っています。戦死した家臣の家を粗末にしないような努力もしています。現代の日本型企業の原型のような組織運営で、260年間の安定政権を築きました。
 最後はビジネスモデルの再構築です。コロナ後はこれまでの社会構造に変化が生じていると見た方がいいでしょう。これまで通り製品でいいのか、サービスでいいのか、検証なしに事業を展開するのは危ないと思います。
 圧倒的な武力を手に入れた平氏は権力から転げ落ち、源氏に政権が移ったのは、頼朝が貴族から番犬扱いされていた武士の位置を引き上げるという明確なビジョンを持っていたことにほかなりません。自分で開墾した農地を自分で支配するという道理を明確にして、鎌倉政権を確立しました。家康は武力で天下を統一しましたが、統治システムには武力ではなく、文治モデルに変更しました。これまでの成長モデルを変更したのですから大胆な決断だったと思います。庶民にとっては戦で家を焼かれない平和、武士にとっても、命のやり取りをしなくてもいい安らぎを求めていると時代のニーズを嗅ぎ取ったからだと思います。
 現代の企業活動でも同じです。顧客の求めている商品やサービスを提供し続ける間は、市場は退場を求めません。
 産業支援財団では、このような企業の動きをどれだけサポートできるかが勝負です。「自助、共助、公助」の区分で考えれば、我々の事業は公助を基本としてきました。特に、コロナ禍の中、世界中の国が異次元の財政出動をしています。今は出来るだけこの公助の恩恵を熊本の中小企業に繋げるのが最大の役目だと思います。
 ただ、コロナ後の社会は段々と様相が変化してくると思います。ステレオタイプの公助では補える部分が少なくなっているからです。自助へのサポート。そして共助の部分をどのように広げていくかに、財団の真価が問われるのではないか。と考えています。
 今後の皆さんの企業の発展とそれに財団が多少でも貢献してくれることを祈念して、最終回とさせていただきます。