理事長室

家康、七転び八起の人生(前半)

  • 2020.9.14
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 以前、飛ばない鳥の話をしましたが、日本史の中で、あえて飛ぶことを止めてしまったような時代が江戸時代です。信長の時代があと10年続いていたら、たぶん天下統一を果たし海外に押し出していたと思います。ワクワクして想像が膨らみます。もったいなかったな。そう思われる方は多いのではないでしょう。しかし、最終的に徳川家康が天下を取り、外への接触を極力絞る方向に動きます。鎖国政策は家康の後継者たちがやったことで、家康は鎖国主義者だったとは思いませんが、その土壌を作ったのは間違いありません。進歩より安定。経済より命を選択しました。この方向転換により失ったものもありましたが、得たものも多くありました。豊臣氏の滅ぼし方があざとくて狸オヤジのイメージが強いのですが、歴史に残る偉人と評価する人は結構多いと思います。その人生を真面目になぞっても面白くないので、中小企業の奮戦記風にアレンジしてみました。
 徳川家康は松平商事の社長の息子です。松平商事は三河の代表的な企業でしたが、主力の絹製品の業績が伸び悩み、駿河で呉服商を前身とした老舗百貨店の今川屋の支援を受けるようになっていました。売り上げは50億円程度ですが、従業員たちが必死に頑張って現状維持しています。家康は本店企画部社員として、まだ修業中の身の上です。今川屋から社長を送り込まれており、実質的な主導権は失っています。今川社長の鶴の一声で、いつ潰れても不思議ではありません。第一番目の倒産危機です。
 新入社員の家康は今川屋に献身的に尽くします。上司の大原企画部長は、貴金属が強みで創業300年を誇る武田工業と小さな海産物問屋から三代で総合食品に拡大した相模の北条物産と業務提携を進めています。高級品の品揃えを充実させ、本格的に尾張の桶狭間に大型百貨店を出す算段です。幸い大原部長は家康を買っています。大型百貨店の尾張桶狭間店の衣服部門の責任者として赴任。私生活では今川社長の親類の娘とお見合い結婚し、グループ一族の一員として足場を固めることに成功し、危機は何とか乗り切りました。
 しかし、地元尾張では㈱ODAがショッピングモールを隣接地に建設して対抗します。有名専門店やプール付きのフィツトネスクラブ、映画館まで併設した企画は斬新で、客足はモール側に流れます。百貨店は大打撃を受け、このショックで今川社長は急死します。後を継いだ息子は凡庸で、後ろ盾と頼りにしていた今川商事は急速に業績が悪化、ついには提携相手だった武田鉱業から主要な顧客を奪われてしまいます。二度目の危機です。
 家康は今川グループに見切りをつけ、独立する道を選択します。開発部門の技術力を生かし新素材の開発に取り組み、徳川ケミカルを起業化するのです。そこに敵対していた㈱ODAから業務提携の話が舞い込みます。社長の織田信長は若い頃は暴走族でオートバイを乗り回していたヤンキーでしたが、父親の信秀社長が一代で育てた織田海運を継ぐと大胆に経営を刷新し、運輸物流から、小売り物販まで多角化経営で乗り出しています。アパレル関係に進出するにあたり、徳川の新素材に目を付けたようです。「暴走族上がりの織田社長に何ができる。」業界筋は否定的でしたが、家康はこの業務提携に乗ります。
 社内でも若い社長の方針に戸惑う社員も出てきました。特に急先鋒になったのが組合でした。「先行きの判らない研究開発費に巨額を投じているが、もっと従業員の給与や福利厚生を優先すべきだ。」一向寮の若手従業員が主導するストライキが勃発、工場が止まります。三度目の危機です。
 家康はともかく対話だということで、団体交渉に臨みますが、なかなか妥結しません。組合対策はその後も苦労しますが、なんとか宥めすかしている中、業績は着実に上がってきます。徳川が開発した絹のような化学繊維はODAの企画デザイン力で次々に商品化されヒット商品となります。その後はプラスチック素材で生活用品を開発。ペットボトルの普及なども追い風に、徳川ケミカルは年商1000億円。従業員も1000人を超える大企業に成長していきます。
 一方、それ以上にODAは急成長していきます。敵対していた斎藤興産を併合、本社ビルに新社屋を建設すると、持ち株会社制度に改め、多角化をさらに加速します。これまでにない斬新な技術や経営手法を繰り出し、各業界を席巻していくのです。敵対した各地域の老舗企業の浅井観光、朝倉物産、六角不動産はあえなく倒産。ODAはグループ連結で、売り上げ1兆円、従業員1万人の巨大企業に成長します。
 企業の成長とともに、ウィンウィンの関係だったODAと徳川両社の関係は、しだいに上下関係となっていきます。ともかく織田社長はワンマンで短気な性格です。部下に部門会社の社長を任せていますが、業績が上がらないと、言い訳無用で首にします。関係会社の徳川ケミカルに対しても、納期は厳しく、価格も一方的で、品質要求はさらに厳しくなっていきます。そんな中、事件が起きます。後継者として期待していた長男の信康専務が敵対していた武田鉱業に企業情報を漏らしているという噂が流れます。調査の結果、「産業スパイが専務と幼馴染で妻と親しい旧今川屋から入り込んでいたことが判明しました。「即刻首にしろ。」織田社長の怒号が飛びます。四度目の危機です。