理事長室

元寇撃破後の暗転

  • 2020.9.7
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 頼朝、泰時が目指した「皆の衆政治」は残念ながら、イギリスのような進展は見せませんでした。泰時の死後30年後に大事件が起こります。二度にわたる元寇です。台風という僥倖があったとはいえ、元軍を敗退させたのは鎌倉の武士達の奮戦でした。鎌倉政権が誕生しておらず、平安時代が続いていたら、間違いなく侵略を許していたと思います。その意味でちょうどこの時に武家政権が成立していたことは日本にとって幸いでした。
 しかし元寇以降、幕府と御家人の信頼関係が大きく崩れていきます。一旦ことがあれば、御家人は将軍の元にはせ参じるルールは機能したのですが、戦いには勝ったものの、領土を得たわけではないので、恩賞の財源がありません。結局ただ働きです。私たちは、元寇が二回というのは知っていますが、当時は判りません。3度目の元寇に備えて、臨戦態勢を継続するしかありませんでした。基本的に軍事経費はすべて自前です。なぜ我々だけが貧乏くじを引くのだ。このような御家人の思いに対して、泰時以後の執権は自己権力の強化を図ります。御家人の生活が苦しくなる中で執権の北条家だけが栄える現実は不条理です。不満は増幅していきます。
 元寇から約50年で140年間続いた鎌倉幕府は滅び、建武の新政が始まります。政権の中心にいたのは後醍醐天皇ですが、政権を確保するためには軍事力を持っている武士を中枢に据えるという発想はありませんでした。完全な時代錯誤です。足利尊氏などの有力武士の離反が幕府崩壊の直接の原因であり、本質的には武家階層内での権力闘争です。武家が政治を担う体制は否定しないが、北条氏はだめだという理屈でした。
 結局、鎌倉幕府は元寇という大きな国難を乗り越えましたが、その後の政経運営は大失敗でした。元寇により、御恩と奉公という「道理」だけではやっていけない状況が生まれていました。外国から侵略されるというのは日本が国家として成立して以来の国難です。しかも世界帝国の元が相手です。国家総力を挙げて国防にあたるという姿勢を示したら、民衆は支持したでしょう。少なくとも最前線で戦った御家人の窮状を救う新たなルールを作るべきでした。
 与えるべき土地が無ければ違う対価を作れば良かったのです。役に立たない公家の荘園を接収するチャンスでした。くだくだ言うなら、武具を投げつけてこういえば良いのです。「一緒に戦うなら、本領は安堵する。」武力は持っているのですから、大義があれば実現できたはずです。何よりも武士の「やる気」を削がない対応が必要です。しかしそのような大きな展望を描ける指導者はいませんでした。
 元寇合戦で不思議なことがあります。英雄がいないのです。あれだけの規模の戦争で、しかも勝ち戦なのに変ではないでしょうか。蒙古来襲絵詞というのが教科書に載っています。肥後の国の海東郷(小川町)の御家人は恩賞が不満で鎌倉まで直談判した竹崎季長が作ったものです。ただ、それ以外はあまり聞きません。なぜ資料が残っていないのか。私は英雄が出ては困る幕府がつぶしたと考えます。普通なら、架空でも英雄話を作り出してきそうなものです。現ナマは出せなくても名誉を与える手段はあると思います。指揮官や特に功績のあったものには官位を授け、琵琶法師に合戦の様子を弾き語らせ、元軍が撤退した日を、建国記念日で毎年お祝いするくらいのパフォーマンスはできそうです。
 歴史年表を見ると、幕府内で内部抗争があり、侍所の長官をしていた安達氏が滅亡するような事件があっています。有力御家人と幕府執権の側近の権力闘争ですが、平たく言うと、どうもはめられたようです。そのような過程の中で元寇の戦功を真摯に認めるような動きが抑制されたとしか思えません。
 本当に頑張った人が割を食うような話はよくあります。現在、コロナ禍の真ただ中にあり、社会全体が困窮している中で、罹患の不安に耐え、体を張って頑張っている代表は、医療関係者だと思います。ただ、病院経営はコロナにより悪化し、逆に病院従事者の残業手当が出ない、ボーナスがカットされるような事態になっています。社会全体が困窮し、皆困っているのだから、皆で辛抱するしかない。というような世論が形成されがちですが、いつまでも現場の無垢な努力は続かないと知るべきでしょう。
 元寇の後の歴史はどうなったか。鎌倉時代から室町時代になり、御家人の「道理」は消し飛びます。室町時代は欲望と欲望がぶつかり合って、調整能力を失った時代です。関心は自分の利益だけです。今のトランプ現象に似ています。徳政令というのがあります。借金をチャラにするというお触れです。これを要求する一揆が起こります。こうなると、もう無茶苦茶です。信じられるのは自分だけ、自分の命は自分で守るしかない。弱い奴が強い奴に服従するのは当然のこと、下剋上の戦国時代と合わせて160年、日本社会は長い戦乱の世の中に入ります。
 歴史の結果の判った人間が、あれこれ批判がましいことをいうのは、やはり不公平でしょう。ただ、元寇をコロナに置き換えると、今後の課題が具体的に見えてきます。