理事長室

予想していた2020年の世界

  • 2020.12.21
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 私は貧乏性でなかなか物を捨てられません。整理整頓もしないので、いつも書類や資料にうずもれているのですが、時々とんでもない古い資料が出て来ることがあります。前日発見したのが、「2020年の世界」という書きかけの原稿です。当時30歳半ばだった私は2020年にどのような世界になっているか、予想しようと思い立ちました。構想は雄大でしたが、当時の識者が言っていることを、かき集めて並べているような代物で、結局挫折してしまいました。
 発端は熊本県庁から環境庁に出向し、地球温暖化という当時最先端の仕事したことに触発されたのだと思います。ちょうど30年前の1990年が東西冷戦終結の節目の年でした。これまでの枠組みに変わり、これから何が起こるのか。賢人会議のような場で未来の想定図が示されブームのようになっていました。
 環境庁では顕在化しつつあった地球規模環境問題に対応するため、大気局から地球環境部を独立させたのですが、弱小官庁の悲しさ、体制を整えられず、50名規模の職員に正規職員は半数もいない状態でした。下っ端の兵隊は環境問題に理解のある大手企業や環境庁と付き合いのある自治体からの出向組でした。熊本県も環境庁からお願いされると無下にできない関係でした。そこに出くわしたわけです。私の後も数代出向は続きましたが、出向者の選考基準は、頭脳ではなく、過酷な労働環境に耐える体力と精神力だったようです。
 さて、私が赴任したのは1992年の4月。ちょうど5月にブラジルで地球サミットをやるという直前でした。その時に出てきたキャッチコピーが「持続可能な開発」でした。今はやりのSDGsの起源みたいなものです。どうして環境の会議で「開発」という表題になるのか疑問で、質問したら、「だって、そうしないと途上国が集まらないだよ。」と先輩が教えてくれました。
 東西冷戦時代は共産化しない様にアメリカは世界中の途上国に援助をしていました。冷戦終結で、その必要性が無くなったことを不安に思った途上国では、新たな援助の枠組を期待していました。一方、地球環境問題は世界が共同歩調を取らないと解決しないと悟った先進国は何とか途上国を枠組みの中に取り込もうとしていました。結局、この二つの思惑の落としどころが「持続可能な開発」だったというわけです。
 当時、中国はどこから見ても途上国でした。超大国になってアメリカと競うようなことは考えてもいませんでした。一方、アメリカは変わりませんね。世界をリードする自負はあって、枠組みを作る能力も高いのですが、肝心な条約に参加はしないのです。石油をがぶ飲みする大型車を乗り回して、今を楽しむライフスタイルが身上のお国柄です。「地球温暖化なんて信用できない。」「なんで地球の反対側の人まで俺が世話をしなくてはならないのか。」という世論はアメリカの半分を占めています。そして、条約が成立し、議会が批准することには政権が代わっているのです。今回、バイデン大統領が誕生して、環境問題は大きく前進すると思いますが、4年後にまた引っ込む可能性も非常に高いと思います。
 さて、予想の方ですが、世界環境問題と国際安全保障の二つについてご紹介したいと思います。
 まず地球温暖化については、その進展を止めきれないで、いずれ自然災害などの形で現実化するだろうと思っていました。これは私の予想というより、当時の職場仲間の共通認識だったと思います。台風が超大型化して、とんでもない被害が出るとか。熱帯地域の疾病が日本で流行するのではないかなど、半分SFめいた話がされていました。くしくも今年、線状降水帯のいう自然現象が本県を襲い、多大な被害を出しました。まさしく天災ですが、19世紀以降の人類すべての人々が種をまいたという意味では人災です。そして不安を煽るようで恐縮ですが、たぶんこれは、ほんの入り口です。これから本格化し各地を襲うでしょう。地域でロシアルーレットを順番に回しているような現実が待っています。気象現象を変えることは困難です。不幸にして災害が起きた地域を皆で支えあい、如何に被害を最小にするか工夫するしかないでしょう。

 次の国際安全保障の読みは完全に外れました。東西冷戦が解消され、核戦争の恐怖から脱して、平和な国際協調が進み、国際紛争は減少すると期待していました。
 国際会議の昼だけでなく、夜も活発にロビー活動をしており、なぜか近い国が集まる傾向にあるそうです。欧州はアフリカ、アメリカは南米、日本はアセアンと近く、こうした関係性の中で環境保護を軸に支援のサイクルが回るのではないかと予想しました。
 しかし、現実には南北間の資金の還流は限定的なものに留まりました。原因は欧州、日本の凋落だと思います。代わってブリックと呼ばれる新興国が、豊かな国土、資源、人口を武器に台頭してきました。周辺の途上国も産業が根付き、世界の人々の総所得はこの30年で大幅に増加しました。
 一方で地域紛争は多発しました。地域の盟主をかけた対立が複雑な連立方程式を解くような難解さで、各地域が膠着状態になっています。こうした状況の中、せっかく手にした資金は自国民の貧困や自然保護を放置して、軍事力の強化に向けられているように思います。国境線のトラブルは頻発しており、強い軍事力を持った国が、無理難題を言って、反発する相手国の行動に言いがかりをつけ、戦争で白黒つけようじゃないか。まさに帝国主義時代の常套手段が復活しつつあります。
 かつて、中国はイギリスから因縁を吹っ掛けられ、アヘン戦争で香港を失いました。やられたらやり返す倍返しでしょうか。「国の核心的利益は武力を使っても獲得する」自国民に誇らしく発言していますが、核心的利益は誰が決めるのでしょうか。かつて軍国主義の日本が満州を国土防衛の生命線であり、英霊の犠牲の上に我が国が勝ち得た権益と言っていたこととどう違うのでしょうか。
 ただ、この問題は地球温暖化と違って、まだ、人智による修正が可能です。例えば、全人類の大きな脅威である新型コロナを世界中が連携する形で克服できれば、その成功体験によって、国際協調という枠組みが新たに復活することを期待したいと思います。