理事長室

「日本人の応援感」

  • 2020.6.1
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 昨年、ラクビーワールドカップで日本代表が練習の〆などで流れてくる歌が話題になりました。カントリーロードの替え歌でビクトリーロードという。短いフレーズなので紹介します。「ビクトリーロ-ド~、この道~、ずーと~、行けば~。最後は~、笑う日が~、来るのさ~、ビクトリーロード。」
 体力に劣る日本チームが世界と互角に戦うには世界一の練習量をやるしかありません。猛練習に明け暮れた日々の中で出てきた歌詞です。選手自らが作りました。出身国が違う混成のチームですが、純粋に日本的な献身が徹底したチームになっていました。象徴的だったのが、スコットランド戦、オフロードパスが見事に繋がった瞬間です。このパスは実は封印されていた戦術らしいのです。体勢が崩れても最後の最後までボールを持つため、味方の援護がなければ、逆に相手にボールを奪われ、カウンターパンチを招きやすいからです。しかし、強豪スコットランドのディフェンスは鉄壁で、リスクを恐れていては容易に得点できません。まさに勝負をかけた一手でした。前を走る選手が次から次へタックルされ、倒れていきます。その度に、後ろを走っていた選手にボールを繋ぎます。そして、最後の最後にトライを決めたのがフォワード最前列で、最もトライに縁のない稲垣選手でした。全員が仲間を信じ、全員が全力で走ることで生まれた奇跡でした。
 この快挙に日本中が興奮しました。私もにわかラクビーファンになって、幸福な時間を共有させてもらいました。これほど日本人の琴線に触れるストーリーはありません。日本人は「一生懸命の仲間たちの絆」が大好きです。もちろん万国共通、世界の人々も同じような感情は持っていると思いますし、称賛される徳目に入っています。ただ、日本人の場合は少し度を越しています。
 ものづくりの現場でも、時折この特徴が顔を見せます。「なぜ日本では、鍋を作るのに底まで磨くのか。どうせ火があたる部分だろう。」という問いに対して、「一生懸命やっている結果だから、いいじゃないか。」「人が見ない裏側まで手をかけて作るから、品質が保たれる。」「一生懸命やっている過程が大事。結果は後からついてくる。」日本人はそう言って外国人を困惑させます。
 クラウドファンディングは新事業にネットで少額出資を募るシステムで、ミュージックセキュリティーという会社が熊本にご縁があり、熊本地震で再起する企業への出資を手掛けています。一口1万円ほどの出資なので、スマホで「いいね」を押す感覚に近いかもしれません。もともとは好きなミュージシャンを応援する取組から始まったそうです。
 日本人が応援したいという感情の原点には「一生懸命」へのエールがあるように思います。朝ドラのエールでは主人公が早稲田の応援歌を作詞するくだり放映されましたが、早稲田の応援団長が明らかに九州訛なのに笑ってしまいました。「応援団=一生懸命=不器用=九州訛り」の演出があるように思います。
 応援と言えば甲子園です。プロ野球と比較して、圧倒的に技量は劣りますが、人気が高いのは高校生の一生懸命さです。新型コロナウィルスの影響で、春の甲子園につづき夏も中止になりました。街頭のインタビューでは「いまの状況だから仕方がないのは判っているけど・・・かわいそう」との発言が多かったようです。同郷の子供たちの一生懸命の姿に対して、仕方がないでは、どうしても割り切れない気持ちが残ります。
 年末のお芝居の定番は忠臣蔵です。毎年同じあら筋なのに、見飽きない。よぽど、日本人は仇討が好きなんでしょうか。そうではないと思います。赤穂浪士のいちずさ、一生懸命さが日本人の琴線に触れ、応援したいと思うからです。
 では、いつから、なぜ日本人は「一生懸命」が好きになったのでしょうか。