理事長室

「一生懸命を将来世代に引き継げるか」

  • 2020.6.22
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 今年の中小企業中央会の新年の講演会は講談でした。なかなか意気な嗜好です。演目は熊本ゆかりということで、細川藩家臣が忠臣蔵に関わった話でしたが、ぐいぐい引き込まれていき、さすがにプロの技だなと思いました。古典には長年培った深みがあります。世代を超えて、多くの人が話を聞き、「あ~そうか」というものがあれば消えません。
 芝浜という古典落語の名作があります。三遊亭圓生の作とも言われていますが、定かではないようです。少し、あらすじをご紹介しましょう。
 腕のいい魚屋なんですが、酒好きで昼間から飲んだくれているだめオヤジが主人公です。昨夜も飲んだくれて帰ってきました。業を煮やした女房が早朝からたたき起こします。「早く魚市場に行ってこい。」しぶしぶ浜を歩いていると、大金の入った財布を見つけます。「ラッキー」再び、飲み仲間を呼んでのどんちゃん騒ぎ。
 翌日、目を覚ましたオヤジに女房はカンカンです。「酒代はどうすんだい」「馬鹿野郎、昨日拾った金で払っておけ」「何を寝ぼけたことを、夢でも見たんじゃないか。そんな金がどこにある」「そんな馬鹿な・・・」家中探しますが財布は出てきません。「あれは夢だったのか。こんな夢を見るなんて、なんと情けない」さすがに反省、女房に誓います。「これからは酒を止めて、一生懸命働くよ。」
 それから3年が経ちます。その言葉どおり死に物狂いで働いたら、もともと腕のいい魚屋です。店を構え若い衆を雇うまでに身上を大きくします。そして、大みそかの夜。女房は財布を出し、手をついて謝ります。「ごめんなさい。このままじゃ、あんたがだめになる。そう思って隠したけれど、もう大丈夫。」そして酒を勧めます。「そうか」口元まで寄せた杯を置いて、一言「やめておこう、また夢だと困る。」
 この人情噺。夫婦愛がベースですが、江戸時代の町民の価値観が表れています。「腕がいい」と「一生懸命」の二つのキーワードが隠れています。大酒飲みでも許されます。褒められはしませんが、まあ、御愛嬌です。しかし「腕が悪い」なら、まず共感を呼びません。物語が成立しないと思います。一方、「一生懸命やったら報いられる」というシナリオは鉄板です。聞き手は当然期待していますので、聞き手は「やっぱりそうなったか。良かった良かった。」で幕になります。たまに、わざと期待通りしない手もありますが、まず不評ですから長続きしません。テレビ番組の水戸黄門の印籠が出る時間を測った暇人がいて、1分間の誤差に収まっていたそうです。偉大なるマンネリです。江戸時代から浄瑠璃、歌舞伎、講談、落語など庶民の娯楽の中にいっぱい入って、知らない間に繰り返し繰り返し、輪島塗で漆を重ねるように、心に塗ってきたのだと思います。
 現代はどうでしょうか。そういえば、NHKの朝ドラはこのパターンの優等生です。最近の作品は見ていますが、いずれも一生懸命のヒロインが腕を磨くストーリーが多いと思います。期待を裏切りませんね。
 問題は次世代を担うこどもたちです。道徳教育を強化しろと言うつもりはありません。日常生活に無理なく入るやり方が効果的です。例えば、漫画アニメには大きな可能性を感じます。
 我らの時代のスポコンアニメは間違いなく一生懸命でした。子供の世代のドラゴンボールも一生懸命です。孫の世代はあまり内容を知らないので、ジャンルも豊富で断定できませんが、ワンピースはたぶんそうでしょう。結局、あまり心配しないでも大丈夫な気がしてきました。